日本文理大学 公開講座「大分学・大分楽」

【第5回】 平成18年5月30日(火)

「ペースメーカーの父・田原淳」 〜 今よみがえる田原の業績 〜

講師 : 島田達生先生 ( 大分大学 医学部 教授 )




〔一般参加の方々からのご感想〕
  • 100年前も現代も学問に通じる熱意、努力、探究心は同じと思います。豊かな時代では一層のチャンスに恵まれている訳ですから、学生さん達の活躍を望みます。便利さに依存した生活からでは、考える能力が低下していると反省する日々であります。
  • 五十年前に田原結節の講義を聞いたが、田原淳が中津出身であることを知ったのは数年前。大分へ帰郷してからであった。田原の生涯からは明治人の気概を教えられる。
  • 大分にノーベル医学賞に匹敵するだけの研究をした人がいるとは驚異。中津に前野良沢あり福沢諭吉あり、そして安岐町に三浦梅園あり田原淳あり。
  • 中津の風土が田原を生んだとのお話に強い関心をおぼえます。人はその環境が人をも含めて育てていくものと思います。この大分もそんな地になればと思います。
〔学生からの感想〕
  • 一番印象に残ったのは、養父の田原春塘が私財を投じてまで息子に勉強をさせたという話です。その思いに応えるように一生懸命努力された淳先生、二人の強い気持ちや情熱に私ももっと勉強しようという気持ちが湧いてきました。
  • 田原氏は、ほとんど直接400万人の命を救ったと言っていいほどの発見と研究をしたのだと思います。自分には何ができるか見定めていきたいです。
  • 元気で明るい祖父はペースメーカーのおかげで昔と変わらない祖父でいてくれるのだ。だが、携帯の電波が不安になるらしい。それを聞いてから、バスや電車で電話している人たちが許せなくなった。もっとペースメーカーのことを世間のみんなに知ってほしいと思った。
  • その当時の神経説が定説である中、自分に確信を持ち日本人としては珍しい原理を発見できたことは、とても労力が必要な事だったと思います。物マネ日本という概念も払拭したことは、大きな歴史の1ページを切り拓いたかのように思います。
  • 大分には偉業を達成した素晴らしい人が沢山いることを知りましたが、大分は地元の人のすごさをもっと主張すればいいのにと思いました。大分は地元の沢山の技術に誇りを持ちもっと発信して行ったら、その技術を盗もうとする若いエネルギーが増えていくと思います。
  • 野口英世と同時期だったのにあまり知られていないのは、400万人も救っているのに気の毒だと思いました。100年前にペースメーカーの原理を発表したのはすごいと思うし、ノーベル賞を取って当たり前だとも思いました。大分県が心筋梗塞2年連続No.1というのも怖い話でした。
  • 田原さんの研究の成果がペースメーカーとして日本だけでなく世界中の人の役に立っています。僕の祖父もペースメーカーを使って生活しています。現在80才を越えても生きていられるのは、田原淳さんのおかげだと感謝しています。