日本文理大学

大分トリニータ提携公開講座(詳細)

(2008/11/24)

日本文理大学&大分トリニータ 提携公開講座(詳細)
平成20年11月8日、日本文理大学とJ1リーグ大分トリニータとの提携プロジェクトとして日本文理大学・大分トリニータ提携公開講座が本学菅記念講堂で開催されました。講座は2部構成で、第1部はサッカー元日本代表監督のイビチャ・オシムの考えをまとめた「オシムの言葉」の著者でジャーナリストの木村元彦氏の基調講演、第2部はパネリストに大分県体育協会専務理事 出口幸男氏、大分合同新聞社編集局次長運動部長 高橋直義氏、蠡臺フットボールクラブ社長 溝畑宏氏に木村氏を加えた4名が「スポーツと地域を通した人材育成」というテーマでシンポジウム(司会は日本文理大学 副学長 瀬川紘一)を行いました。会場には市民・学生など約300
が集まり、熱心に受講しました。

第1部 基調講演  『オシムの言葉』へ至る道のり

   第1部の基調講演は「『オシムの言葉』へ至る道のり」と題してジャーナリストの木村元彦氏が講演。木村氏はジャーナリストとして、アジアや東欧の民族問題を取材する過程で得た経験から、イビチャ・オシムの指導者としての卓越した力の秘密を説いた『オシムの言葉』を著述。講座では、オシムから見た地域スポーツについて語りました。
   木村氏は「オシムが統一ユーゴチームの監督として、異なる民族の選手が集まるチームでいかに選手を統率し、ワールドカップベスト8まで導いたのか?」「チームに集う選手たちが一様に慕うイビチャ・オシムの魅力とは何なのか?」「果たしてストイコビッチ(元ユーゴ代表選手)が言うように『持って生まれたサッカーに関する無限の知識の深さ、プレーヤーから最大限の能力を引き出す力、雄弁さや心理的駆け引きのうまさ』だけなのか?」を探っていきました。
   木村氏は自分自身が取材、出演したNHKの報道番組の上映なども交えながら、オシムの人格形成の背景には、さまざまな民族、言葉、宗教、文字を内包し、民族紛争が頻発するモザイク国家ユーゴにあって、オシムの生まれ故郷サラエボもまた常に戦火の中に身をさらす最悪の状況下にあり続けたことがあげられる、と分析します。
   オシムは「戦争が自分のサッカー哲学に影響を与えたのは間違いない。しかしそれが良かったのか?そんなことはない。戦争なんかないほうがいいに決まってるじゃないか」。そして「自分はサラエボっ子であること。これがアイデンティティなんだ。」つまり「それぞれ自分が住む地域を愛している。しかしサッカーをやるためにチームに集まったからには選手同士が同じ時間と空間を有していることが大事で、それが偏狭なナショナリズムを打ち壊す原動力なのだ」というオシムの言葉のなかに彼の指導者哲学が表現されていると分析します。たとえば異民族の集合体であるチームを率いるオシムに対してはそれぞれの国(地方)から自国の選手を使うよう圧力がかかります。オシムはそれを逆手にとって、あえて圧力に屈した形で偏った選手起用をし、惨敗して見せます。結果として彼の監督としての采配の正しさを証明するのです。
   オシムの、この一貫した「地域愛」と「サッカー愛」。これが選手たちを引きつけ、尊敬を集めさせてきた、と指摘し、オシムの魅力を木村氏の視点から紹介しました。
このことは「ナビスコカップで、結成14年にして初めてビッグタイトルを獲得した大分トリニータと国立競技場に駆けつけた1万余のトリニータサポーター、それと支え続けた地元の人たちとの関係にも当てはまる」「大分にとって2008年11月1日は伝説の1日になる」と締めくくり、プロスポーツが盛んな大分の地域振興のあるべき姿を示唆して講義を終えました。
 
イビチャ・オシム:1941年ユーゴスラビア(現ボスニアヘルツェゴビナ・サラエボ)生まれ。サッカーのユーゴ代表監督のオシムとしてワールドカップベストに導き、その後祖国の分裂により辞任。2003年にJ1リーグ、ジェフユナイテッド市原千葉監督に就任、2006年に日本代表監督に就任(2008年急病により辞任)。ユーゴ人として祖国の終焉に立会い、代表監督であるがゆえにその崩壊過程を全身で受け止めざるを得なかったという点で、悲劇の名将といわれる。

第2部 シンポジウム  「スポーツと地域を通した人材育成」

第2部のシンポジウム「スポーツと地域を通した人材育成」では、はじめにパネラーの大分フットボールクラブの溝畑社長からヤマザキナビスコカップ優勝トロフィーが会場で披露され「この優勝トロフィーは誰のものでもありません。地域みんなのものです。どうぞ講座の終わりに触っていってください!」と会場を盛り上げてスタート。パネラー各氏の示唆に富んだ話が展開しました。
以下シンポジウムにおける各氏の発言の要旨をご紹介します。

テーマ‖臺とスポーツ

 司会:2008年、第63回チャレンジ・おおいた国体も開催され、サッカーのJリーグをはじめ、バスケットボール、フットサル、バレーボールと4つのプロスポーツ団体の本拠地となっているスポーツ大国・大分。そんな大分のこれからのスポーツ振興を占うポイントなどについて、それぞれお話を伺いたい。

 出口氏:私にとっては何といっても大分で2回目の国体が開催され、天皇杯、皇后杯、そして総合優勝したことが今年の最大のエポックメイキング。国体における県勢の活躍は心に残るものがある。正直、総合優勝できるとは思っていなかっただけに、大分の底力を感じた。いまスポーツと健康と言う観点から総合型地域スポーツクラブ活動を推進している。これはドイツなどのサッカークラブの考え方を取り入れたもので、住民全員がクラブ員になっていろんなスポーツに取り組んでいる地域もある。

 溝畑氏:ナビスコ杯優勝で麻生首相から祝電をいただいた。首相が祝電を打つのは異例で、ゼロからのスタートをしたトリニータの生い立ちと、地方の活性化に貢献している点が評価されたのだと思う。トリニータの優勝は設立の精神でもある『大分をひとつにする文化の創設』『地域同士いがみ合う赤猫根性を何とかなくしたい』という思いが結実した瞬間だったと思う。福岡におけるホークスと並んで大分におけるトリニータは地域を元気にする源になっている。特にサッカーは地域から世界を目指せるという点で、子供たちにとっても大変な魅力になっていると思う。

 高橋氏:スポーツ記者は試合を取材するときは、試合の経過や結果、勝ち負けはもちろん必要な取材ポイントだが、チームや選手を応援するサポーター(ファン)も取材対象として大事。その点でナビスコ杯決勝において、大分から駆けつけた1万人ものサポーターの姿や、国体の400mハードルで佐伯市出身の成迫健児選手が「地元の応援に答えるために勝つ」といって優勝した姿は感動的だった。

 木村氏:野球はファンというのに対し、サッカーはサポーターという。この違いは何か?サッカーの場合、ワールドカップが頂点にあり、先ほど触れたように時には民族間の戦いに擬されることがある。その意味でサッカーのサポーターは観戦というより一緒に戦っている。2008年11月1日はサポーターが選手と一緒に戦った結果だと思う。

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 司会:日本文理大学は人間力育成を建学の理念のひとつに掲げて研究、教育を行っているが、スポーツを通じた人材育成にも力を注いでいる。スポーツがどのように人材育成に貢献できるのかをお話しいただきたい。

   高橋:日本文理大学は指導者にいい人材がそろっていると思う。たとえば野球部は200人からの部員がいるが、4年間で退部する部員はごくわずかと聞く。これはひとつのなぞであったが、.譽ュラーから新人まで一人ひとりの役割がはっきりしていること、監督はじめスタッフ人の目配りが部員の隅々まで行き届いていること、などがポイントではないか。人材育成にとってチーム内の風通しがいいことはとても大事なことだと思う。これはトリニータのシャムスカ監督と選手の間にも同じようないい関係が構築されていることにも通じる。

 溝畑:トリニータはチーム理念として次の3つを掲げている。|楼茲凌雄牋蘋(地域貢献)∪こΔ膨麺僂垢訖雄爐飽蕕討覘L瓦悗猟戦、の3つ。われわれは大分の歴史を変えるのだ、歴史の扉を開くのだと言う使命感を与え、目標に向かってはリーダーがそれぞれの立場で責任を取ると言う姿勢が大事だ。そうすれば下はついてくる。

 出口:皆さんが言われたとおりだと思うが、スポーツそのものが人材育成、人間育成だと思う。トップ選手の育成とは別に子供のレベルでは、スポーツ人材育成を通じて、失敗に強い人材を育成したいと考えている。逆境に強い選手や子供たちを育てること。勝つことも大事だが負けたときこそ次へのステップがあると思う。そういうことを通じて人材育成を図りたい。

 木村:人材育成に関してはもっと指導者に対する支援が必要と思う。サッカーで見てもちびっ子やジュニア、中学、高校のクラブ活動など育成団体の指導者はほとんどがボランティアでやっている。グラウンドに芝を敷き詰めると言う施設面での充実も大事だが、それより人材育成にもっとお金をかける、育成を継続できるだけの支援が必要ではないかと思う。

 司会:大学はまさに人材育成の場だが、今日の話を伺って、日本文理大学はこれまで以上に人材育成に力を注ぎ、世界で通用する人材を育てると同時に真の人間力育成にまい進していきたいと思うので、今後も地域の皆さまのご支援をお願い致します。

以上
 
 

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